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Domina AKIHOのblog

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邂逅の幸福


 青春時代とは第二の誕生日である。自我を覚醒する日であるが、そのとき『われ』を誕生せしむる機縁がすなわち”邂逅”である。書物でもいい。師匠でも友人でも恋人でもいい。だれに出会ったかということが重大だ。そして邂逅によって結ばれた友情に、私は人生の人生たる証を見ようと思うのである。むろん友情とは単なる遊び仲間の交情という意味でなく、悩める魂と魂との格闘による結合をいう。書物との関係も、私はこの関係において見る。邂逅と友情こそ人生の重大事ではなかろうか。
 もしこのとき、この人(この書物)に会わなかったならば、自分はどうなっていたであろうと思うことがある。そこに生ずるのは謝念である。人生に対する謝念とは邂逅の歓喜である。たとい貧苦病身災難のうちにあろうとも、邂逅の歓喜あるところに人生の幸福があると私は思っている。私はそれ以外の幸福を信じない。


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幼き日に出会い衝撃を受けた文章に久しぶりに触れた。そしてまた鳥肌が立ったのです。
感動は月日を経ても色あせない、まさにそれがここに記してあり、人生で得るべき価値のある経験の全てを語られてしまったような気がして身震いした。

こういう事がいくつ自分におこるのか、いくつ人に与えられるか、わからないけれど、そんな時はふと訪れる。
一見下らない、何の変哲もない時、年齢も立場も関係ない間柄、一生に一度しか出会わない間柄かもしれない。
それは自分にとって恥ずかしい事かもしれない、そんな事を一生懸命考えあぐねる自分を受け入れる事は到底出来ないかもしれない。でもたった一つの邂逅により救いが与えられるのかもしれない。

言い切ることに美学があり、前に進める事につながる。

邂逅という言葉を好きになったのはこの出会いからだった。

邂逅の幸福を予感したならば多いに飛び込まなくてはと心新たに決意してしまう、力のある邂逅なのです♪

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